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カイロプラクティック神経学(10)
自律神経症状 Autonomic Symptoms

(スパイナルコラム誌2001年11-12月号)
増田 裕、DC、DACNB

診断上、最も有効な手がかりはなんだろうか?感覚系の症状だろうか?それとも運動系の症状だろうか?

まず、感覚系の認識は個々人に違いがある。ある人にとってはそれほどでない痛みも別の人にとっては激しい痛みとなる。痛みとはしょせん人の主観によるものだからである。したがって、組織の損傷を伴わない「中枢痛」とか「異痛症」とかの症状も出てくる。また、神経組織の置かれた状態が興奮しやすければ痛みが激しくなり、興奮しにくい状態であれば痛みは和らぐ。このように、痛みは診断上のひとつの目安にはなるが、信頼性に欠ける。痛みがどれだけ軽くなったのかを唯一の基準とする治療法はそれだけ信頼性を欠くことになる。端的に、西洋医学のアプローチは痛みの原因がなんであれ、とりあえず痛みを抑えるための薬を処方する。しかし対症療法に過ぎないことは明白である。

より客観的な診断基準となるのは運動系の反応である。運動系には体性系と自律神経系がある。なかでも自律神経系の働きは神経系の状態を見る「窓」としては最適である。たとえば、瞳孔。瞳孔が縮小しておれば、副交感神経系が亢進しているか交感神経系が低下しているかのどちらかである。また、瞳孔が散大しておれば、副交感神経系が低下しているか交感神経系が亢進しているかのどちらかである。過日、反射性交感神経ジストロフィー(RSD)の患者さんを診たとき、瞳孔の対光反射が著しく遅かった。瞳孔括約筋は中脳にあるEdinger Westphal核から出る副交感神経(動眼神経)が支配している。この働きが低下している。また、上位中枢の機能低下も疑われる。「目は口ほどにものを言い」とはなるほど卓見である。また検者の指を追う輻輳調節反射試験も瞳孔の状態を見る上で有益である

<症例1>
20歳台の婦人。右上肢に痛み。指先が紫色に変色するときもある。手首を動かしたりすると痛みが出る。触られただけで激痛がある。この状態が1年続いている。最初、頚肩腕症候群と診断されたが途中でRSDに診断名が変更される。ブロックを何回かうたれるが改善なし。

最初、左右の酸素濃度を測定すると、右94、左99である。右側の上肢に血流不全が認められる。血圧を測ると、右123/78 左103/67と右側が高い。右側での交感神経系の亢進が認められる。瞳孔の対光反射を調べると、前述のように右側の反射が著しく低下している。さらに、軟口蓋の反射を見ると、右側の麻痺が認められる。盲点の範囲を検査すると、左側が若干大きい。下肢長を調べると、右の短下肢である。小脳の傷害は認められない。左右から押すと左側によろける。どうやら右側の大脳半球の機能低下が原因らしい。

まず、胸隔と横隔膜をマニピュレーションすると酸素濃度が改善。頸椎など左側からアジャストして右脳を賦活すると、酸素濃度、血圧のいずれも改善した。術後の測定値は酸素濃度右98、左99、血圧右118/76、左 113/77である。患者は直ちに右上肢の痛みが軽減しているのを感じた。自宅で右脳を活性化させる療法を指導する。

反射性交感神経ジストロフィーは交感神経系が関与する疼痛などの現象である。まず髄節次元で見ると、末梢神経が圧迫、絞扼される状態がある。大直径の神経線維(Aβ)が圧迫を受けると、C線維を抑制する働きが低下して(脱抑制)痛みが生じる。Aβの入力が減少して脊髄外角の中間外側後柱(IML)の神経変性が進み閾値が下がる。そこに脱抑制の疼痛がIMLにシナプスすると、交感神経系の亢進が見られるようになる。いわゆる体性交感神経脊髄反射である。交感神経系の節後線維は同じくC線維。節後線維のC線維と侵害線維のC線維はシナプスの関係がなくてもインパルスが伝達されることがある。こうして、拡散的な疼痛が起こり、中には血管収縮による組織の栄養障害を被る。もうひとつ、中枢性の交感神経性の痛みがある。これは大脳皮質の働きが低下すると、IMLの抑制が低下して交感神経の働きが亢進する。交感神経系のカテコラミンがC線維のα2受容器を刺激して痛みが生じる。これは組織の損傷を伴わない中枢痛の典型である。痛みの範囲が広い。

さて、酸素濃度といい、血圧といい、さらに瞳孔の対光反射といい、自律神経の状態を見る格好の視標である。この「窓」から、神経系全体の状態を見ることができる。安価だが非常に正確で有効な検査方法である。このほか、皮膚が乾いているのかしっとりしているのか(発汗の状態)、涙や唾液の分泌具合、心拍数、心臓のリズム、胃腸のぜんどう運動の状態など、自律神経の状態を調べる材料にはこと欠かない。

もともと体性感覚系と自律神経系は発生学的に相同である。発生学的に相同であれば、神経学的な連結があるということである。胎児3週間目、外胚葉が陥没して神経溝ができさらに神経管が形成される。このとき、外胚葉の一部が分離して外側稜細胞ができる。この背側部が脊髄神経後根節(DRG)となり、腹側部が自律神経節(AG)となる。このDRGとAGを媒介するのが、脊髄灰白質外角にあるIMLである。体性感覚の中で最大の刺激は機械的刺激受容器からの固有感覚である。この固有感覚の正常な神経トーンがIMLを介在してAGにシナプスすると、動脈の血管に正常な神経トーンが伝達されて正常な血圧が生じる。このように、体性感覚と交感神経系は発生学的にも解剖生理学的にも密接な関係にある。したがって、体性感覚の異常があるときは必ず自律神経症状を随伴する。別の言い方をすれば、身体の歪み、関節の歪みがあるときには必ず自律神経が関与していると見てよい。

<症例2>
60才台の婦人。ある集いに参加したその晩から39度台の高熱を出す。1週間続いた後37度台に下がる。病院で診てもらうもどこにも異常が認められない。

問診をすると、会場が冷えていて「寒いな」と感じた、という。盲点検査をすると、左の大脳皮質の低下を示している。眼球の動きを調べると、右側にオーバーシュートが見られた。瞳孔の対光反射、眼底の動脈静脈比、軟口蓋挙上などから、左脳の低下が確証された。脊椎を右側からアジャスト。治療後順調に回復した。

これは体温調節不全症が原因であると考えられる。体温調節の要点は身体深部とくに脳の温度を一定に維持することである。このため、2つのメカニズムが作用する。ひとつは環境温の変化を皮膚の温度受容器が感知して体温調節中枢が働く前向き制御(フィードフォード)、もうひとつは脳や内臓腹部や骨などの温度受容器が深部体温の変化を感知して体温調節中枢が働く後向き制御(フィードバック)の機序である。

この患者の場合、まず環境温の低下を感知した皮膚の温度受容器が受容器電位を起こした。それが視束・視床下部前野の体温調節中枢へ活動電位を伝達して、身震いや代謝活動を促進してノルアドレナリン作動性の交感神経系を賦活し、皮膚への血管を収縮して体温の保持を行った。考えられる機序はこの前向き制御がコントロールを失った可能性である。もうひとつは、身体深部の温度受容器が体温上昇を感知して体温調節中枢に伝達し、アセチルコリン作動性の交感神経系を賦活して、発汗作用と血管の弛緩を行うが、後向き制御の機構がうまく働かなかった可能性である。

近年注目を集めているのは、能動汗腺の機能低下症である。冷房が普及したために汗腺の働きが低下して発汗しなくなった症状を言う。このため、発熱する場合が多いという。医学の立場からは発熱の原因である炎症や感染の疾患がないため、一種の不明熱として扱われることになる。こうした不明熱の患者の場合、皮膚のすべりはどうか、つまり、発汗の状態を調べることも大切となる。

<症例3>
5歳の男の子。小児てんかんのため左脳の全摘手術。右半身麻痺、言語障害、歩行困難、排尿困難がある。病院で導尿を続ける。

この症例については以前簡単に報告したことがある。排尿は非常に大事な自律神経機能である。そこで簡単に自律神経系の縦軸の関係を述べる。橋延髄の副交感神経セグメントの下部はT1-L2の交感神経セグメントの上部を抑制する。また、T1-L2の交感神経セグメントの下部はS2-4の副交感神経セグメントを抑制する。したがって、橋延髄の副交感神経セグメントが正常に働くと、T1-L2の交感神経セグメントのS2-4副交感神経セグメントの抑制がとれて、S2-4の副交感神経系が活性化される。反対に、橋延髄の副交感神経系の働きが低下すると、T1-L2の交感神経セグメントのS2-4抑制が強まり、仙髄部の副交感神経の働きが抑制される。

膀胱には排尿筋、尿道内括約筋、尿道外括約筋があり、排尿筋は副交感神経、尿道内約筋は交感神経、尿道外括約筋は体性の運動神経がそれぞれ支配している。排尿時には、体性運動系の随意筋の支配が停止し、副交感神経がONとなり、交感神経がOFFとなる。

これを縦軸で見ると、なぜ副交感神経のスイッチがONになると自動的に交感神経のスイッチがOFFになるのかがよくわかる。

この男の子の場合、脳の機能低下のため、橋延髄部の副交感神経の働きが低下し、同時にT1-L2の交感神経の働きが亢進したため、仙髄部の副交感神経系の働きが抑制されたために、排尿困難となった。治療は脳の働きを活性化させるために神経路を利用して刺激を系統的に与えた。結果は腱反射の亢進が正常に戻り、歩行ができるようになり、自力で排尿ができるようになる。また、言葉をどんどん話せるようになる。

次回は自律神経系と血液循環について述べることにしたい。

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