(スパイナルコラム誌2001年1‐2月号)
増田 裕、DC
秋から冬にかけての季節の変り目にぜん息で苦しむ人の数が増える。日本では統計がないが、アメリカでは毎日14人がぜん息で死んでいる。エイズ、結核を別とすれば、死亡率が増大している唯一の慢性病である。子どもの20人に1人以上はぜん息を罹患している。西洋医学の対処は主に気管支拡張剤による一時的な症状緩和策である。ぜん息患者に救いはあるか?この問いは直ちに次の問いを生む。
気管支ぜん息に対してカイロプラクティックは有効であろうか?
この問いに答えるためには以下のことが必要である。
第1に、ぜん息の機序を明らかにしなければならない。
第2に、カイロプラクティックのアプローチが合理的根拠を持つことを示さなければならない。
第3に、具体的治験例で説得力を持たせなければならない。
従来、カイロプラクティックによるぜん息の治験例の報告は多数あるのだが、その合理的根拠の説明が不足していた。自然治癒力では説明にならない。少なくともプロに対しては。西洋医学界も含めたすべての医療グループに了解可能な説明が必要である。この説明の責任が強く求められている。もちろん、われわれは結果を出すことがもっとも大切であるが、しかしそのうえで、その合理的根拠の説明が問われている。とくに、21世紀は説明の責任が従来に増して重要になるであろう。それがないと、結果は単なるエピソードや自慢話として終わってしまうおそれがある。
気管支は呼吸の通気道である。呼気のときは収縮し吸気のときは弛緩する。気管支の収縮は副交感神経(迷走神経)が働き、気管支の弛緩は交感神経(T1-4)が働く。ここでは自律神経の双極が拮抗的に作用している。また、副交感神経は気管支の粘液を分泌させ、交感神経は分泌を抑制する働きがある。これは神経学の基礎であり、誰もが認めうる事実である。西洋医学の古典であるPottenger、MDのSymptoms of Visceral Disease(内臓疾患の諸症状、第6版、1944年)は次のように記している。「内臓の神経学の視点から見ると、ぜん息の本質的状態は気管支の痙攣と気管支の分泌増大である。いずれも迷走神経の気管支への分枝が過剰に作用したことが原因となっている」(原書124頁)以前私のところに来た患者さんの病歴のなかに、ぜん息で迷走神経の切断術を受けられた高齢者の方がいた。戦後数年のころのことで、ずいぶん昔は荒っぽいことをしたものである。今でも、反射性交感神経ディストロフィーなどに対して星状神経節の切除やブッロクが行われているが、それと同じようなものである。ここではぜん息を副交感神経の過緊張症と見ていたことが重要である。
ところが、ぜん息はアレルギー疾患である、というもう一方の説明が伝統的に医学書の中にある。これをどう理解したらいいだろうか? Pottengerは同書の中で次のように指摘している。「本書以外にすでに論じたことであるが、ぜん息は花粉や食べ物やその他のたんぱくに対するアレルギー反応を第1とするものでもなければ、その他のいくつかの器管でおきた刺激に対する迷走神経の反射を第1とするものでもなく、はたまた天気や気候の変化、ちりやその他の通気性刺激物で生じる疾患を第1とするものでもない。そうではなく、
気管支の神経細胞的な機序が先天性であれ後天性であれ平衡を失い迷走神経の作用が優位となっているときに、こうした多様な要因によって誘発される疾患のことである」(同124頁)
実に明快である。どうして、こうした視点が医学の病理学の本から消えてしまったのか?
どうして、神経学的機序の視点が見落とされるようになったのか? あまり日本語の文献は読まないのであるが、数年前にたまたま手にした『小児ぜんそくの最新治療』(西川清、山本淳著、講談社刊)は次のように述べている。「アレルギー反応だけで小児ぜんそくの原因を説明するのは、かなり無理がある」「気管支ぜんそくの人全員に共通していることは…気管支がふつうの人より過敏だということで(ある)」「ぜんそく児はこの(交感神経と副交感神経の)バランスがわるく、ちょっとした刺激で副交感神経が刺激され、気管支平滑筋が縮んでしま(う)。いいかえると、気管支が自律神経失調症になっている」「気管支の過敏性を悪化させる最大の原因は、発作そのもの(である)」著者は気管支ぜん息が過敏-発作-過敏-発作といった悪循環病であると指摘している。
以上のぜん息の本質と誘因の点について非常に示唆に富む本がある。『未来免疫学』(安保徹著、インターメディカル刊)。著者は新潟大学医学部の教授である。安保教授の最大のポイントは以下の点にある。免疫細胞には顆粒球とリンパ球がある。顆粒球はバクテリアなどの比較的大きな異物を処理する。リンパ球はウィルスなどの小さな異物を処理する。顆粒球の細胞表面にはアドレナリンの受容体があり、交感神経が優位となると顆粒球も増大する。一方、リンパ球の細胞表面にはアセチルコリンの受容体があり、副交感神経が優位となるとリンパ球も増大する。このことを世界で初めて明らかにした人である。神経系と免疫系が不可分な関係にある。実に重要な発見である。
ぜん息は副交感神経優位による気管支の痙攣が原因だとすると、リンパ球が増大する。リンパ球は花粉やチリや食べ物などに対してアレルギー反応を起こす。ここでは、アレルギー物質は誘因ですらなく、結果である。ぜん息の人は夜から朝にひどくなるのがふつうであるが、この時刻は副交感神経が一日のなかで優位なときである。また、天気の悪い低気圧の状態は副交感神経が優位となる。すべて合理的に説明できる。
カイロプラクティックはぜん息に対してどのような合理的アプローチをしているのか?
この点で最も貢献しているのはガンステッドの方法論である。細かなところでは矛盾した説明があるものの、全体の視点は臨床的に生かすことができる。ガンステッドによると、ぜん息には2種類ある。湿気性と乾気性。息に湿気があれば前者であり湿気がなければ後者である。湿気性は副交感神経が優位な状態、乾気性は交感神経が疲労したために生じる擬似的に副交感神経が優位となる状態である。これはガンステッドの説明にはないが、湿気性は小児ぜん息、乾気性は成人のぜん息に多いように思われる。ガンステッドは脊椎を臨床的に後頭骨からC5までを副交感神経、C6から腰椎を交感神経と見ていた。したがって、湿気性で小児のぜん息であれば、後頭骨からC5までの部位で関節の機能障害を見つけてアジャストする。典型的にはアトラスが好発部位である。一方、乾気性で成人のぜん息であれば、下部頸椎から胸椎あたりの機能障害を見つけてアジャストする。急性か慢性かを問えば、湿気性は急性、乾気性は慢性の型であると言えようか。
『脊椎関連疾患のカイロプラクティック管理』(Gatterman著)によると、様々な文献を引用しながら次のように指摘している。ぜん息に対するマニピュレーション療法は上部頸椎と胸椎の2つのアプローチがある。上部頸椎(とくにアトラス)は副交感神経の促通facilitationによるものであり、胸椎は交感神経が慢性的に促通されたためにアドレナリンが枯渇して低下し、相対的に副交感神経が優位に立つためである。
以上はセグメント次元で考察したものであるが、上位セグメントつまり中枢神経から考察する視点もある。これはカイロプラクティック神経学の父でもあるDr.Carrickのものであるが、大脳半球が低下すると同側の交感神経の抑制が低下するために亢進する。これが長期にわたると、前述した交感神経の疲労、枯渇によって相対的に副交感神経が優位となる。また、左右の小脳の働きに不均衡が生じると、相対的に優位となった小脳が延髄にある同側の孤束核(副交感神経の求心中枢)を刺激して、迷走神経の背側運動核を賦活して迷走神経を過剰に興奮させる。ぜん息といった個別の疾患を見る場合でも、縦軸(中枢)と横軸(セグメント)の両方の視点が大事であろう。
さて、留学を終えて帰国してから早いもので6年がたつ。その間に出会ったぜん息の患者さんはそれほど多くない。せいぜい15人くらいであろう。記録をたどってみると、完治を確認した患者さんは成人が2人、小児5人である。あとは改善がある程度見られた、あるいは改善が見られないまま治療を中断した人たちである。そのうち2例を報告しよう。
<1例>
34歳、主婦。小学生のときに煩ったぜん息が25年間続いている。もう治らないものと諦めていた。胸椎に典型的なサブラクセイションのパターンが認められる。週1回の治療を開始。治療開始後1-2週間にかゆみとか吐き気がひどくなる。好転反応であることを説明して治療を続行。半年治療を続けると、症状がかなり改善して気管支拡張剤を使う頻度が著しく減少。1年かけて完治。その後、風邪や職場の喫煙者のタバコの煙で症状が再発するも、応急措置でひどくならず、3年後の今ではすっかり元気に生活している。「こんなに息をすることが楽だったんですね」と述懐。
<2例>
2歳、男児。生後数ヶ月にぜん息を発症してから1年以上患っている。気管支拡張剤を吸入しているが症状は一向に改善しない。当院の患者が自分の孫を連れてきた。検査をすると、仙腸関節と上部頸椎に機能障害が見られる。毎週1回の治療を5回行うと、症状は完全になくなった。その後年に2回ほど定期的点検を受けに来院する。
追記
この原稿を書き上げてからTodayユs Chiropractic誌(ライフカイロ大学刊)の最新号が手元に届いた。この中に、上部頸椎テクニックによる47のぜん息の症例報告があるので、かいつまんで報告したい。Amalu、DCが7年間に扱ったぜん息患者は47人。男性28人、女性19人。年齢は7歳から42歳。32症例は年齢が7歳から19歳の小児である。慢性の程度は2年から23年。治療を受けた全員が87-100%改善している。治療に要した期間は3-9ヶ月、平均16週間。通院日数は14-44回、平均26回である。通常、4-8週間の間、週3回の治療が行われた。このうち12歳の男児の重篤な症例が詳細に報告されている。検査器具はTyTron C-3000を使用している。上部頸椎をアジャストして2週間内に症状が著しく改善、完治に半年を要した。(同誌2000年11/12月号より)